山中にある商店「たけ屋」
「夏美のホタル」の舞台となるそのお店には「地蔵さん」「ヤスばあちゃん」と呼ばれる親子2人が暮らしていました。
たけ屋にたまたま訪れたのが2人の若者・慎吾と夏美。
偶然から生まれた、たけ屋での交流は美しく、大切なことを教えてくれます。
「夏美のホタル」は、ほっこりしたい、優しい気持ちになりたい方におすすめの本です。
1.夏美のホタル・作品紹介
作者は、森沢明夫さん。
「夏美のホタル」は、2010年に単行本が発行され、2014年に文庫化されています。出版社はKADOKAWA。
2016年には映画が公開されました。
森沢明夫さんの著書はほかに「虹の岬の喫茶店」「あなたへ」など。
2.夏美のホタル・あらすじ
写真家を目指す相羽慎吾は、撮影場所を探すため、恋人・河合夏美のバイクの後ろの乗せてもらい山奥に来ていました。
トイレを借りるために立ち寄った、昭和の雰囲気漂うお店「たけ屋」で出会ったのは福井恵三とヤスエ親子。
恵三とヤスエから、ホタルを見に来るようにすすめられた慎吾と夏美は、2人と親しくなります。
この土地に魅力を感じた慎吾と夏美は、夏休みの間、福井家の離れに住み込むことに。
3.夏美のホタル・登場人物
〇相羽慎吾
写真学科の大学生。
プロの写真家を目指すも結果が出ず、周囲から差をつけられたように感じていた。
〇河合夏美
慎吾の恋人で幼稚園教諭。明るく人懐っこい。
愛車のバイクは、HONDAのCBX400F。
〇福井恵三、福井ヤスエ
「たけ屋」を営む、息子恵三、母ヤスエの親子。
周囲からは、それぞれ「地蔵さん」「ヤスばあちゃん」と呼ばれている。
地蔵さんと呼ばれるのは、学校に通う子どもたちを笑顔で見送る恵三の姿が、お地蔵さんのようだから。
〇拓也、ひとみ
たけ屋の近所に住む兄妹。福井家とは親戚。
慎吾と夏美とも仲良くなる。
〇榊山雲月
一木造りで仏様を彫る仏師。
山の中で「雲月庵」という工房を開いている。
本作のプロローグとエピローグの語り手。
4.夏美のホタル・感想(ネタバレを含む)
慎吾と夏美が、山の中の商店「たけ屋」にたまたま立ち寄ったことから始まった交流。
優しくてやわらかい雰囲気をもつ恵三&ヤスエ親子との関わりに心が温かくなりました。
恵三&ヤスエ親子が、慎吾と夏美を本当の子どものように可愛がる姿が微笑ましかったです。
エビや沢ガニ、魚のとり方などの川遊びを教えてくれる恵三。
とってきた魚を料理してくれるヤスばあちゃん。
山での生活を楽しむ慎吾と夏美の様子は、読んでいてワクワクしながらも、夏が終わるときの何とも言えない寂しさを感じ切なくなりました。
蝉の声が秋の虫の声に変わるとき、少しずつ夕暮れが早くなっていくときに夏の終わりを感じる、あの独特の気持ち。
子どものころ夏休み終盤に感じた、楽しかったからこそ終わって欲しくないと願う切ない気持ちを思い出します。
恵三さんとたんぽぽ
たんぽぽは、いい花だよぅ。
花が終わっても、たくさんの命を
空にふわふわ飛ばせるなんて、
なんだか素敵だからよぅ。
冒頭にある言葉なのですが、はじめは謎の詩だと思っていたこの言葉。
読みすすめると意味が分かって、恵三のたんぽぽへの気持ちを知り、心にじんわりとくるものがありました。
物語を最後まで読むと、また違った味わいがあり、これからたんぽぽを見るたびに思い出しそうです。
相手に喜んで欲しいという気持ち
「夏美のホタル」は、相手に喜んでもらいたいと思う気持ちが溢れている物語です。
慎吾と夏美に快く離れを貸してくれて、山の中での遊び方や料理を教えてくれる恵三とヤスエ。
恵三とヤスエに感謝の気持ちを表そうと身の回りのお世話をし、店を手伝う慎吾と夏美。
お互いが相手の喜ぶことをし合う姿に、温かい気持ちになりました。
慎吾と夏美にとって最悪な第一印象だった雲月ですが、だんだんとそれも恵三たちを心配してのことだったのではないかと思えてきました。
いきなり現れた若者2人が、恵三たちが優しいことに甘えて迷惑をかけないか心配し、それに雲月の不器用さが加わって、あんな風になってしまったのではないかと、勝手に想像しています。
最後に頼みごとをしてきた慎吾に対し、
「才能ってのはな、覚悟のことだ」
「どんなに器用な人間でもな、成し遂げる前にあきらめちまったら、そいつには才能がなかったってことになる。でもな、最初に本気で肚をくくって、命を懸ける覚悟を決めて、成し遂げるまで死に物狂いでやり抜いた奴だけが、後々になって天才って呼ばれてるんだぜ」
という言葉を送る雲月。
悔しいけどかっこよく、やっぱり雲月は優しい人なんだと実感しました。
恵三が、母から言われて嬉しかった言葉「生まれてきてくれて、ありがとう」
物語のなかで特に印象に残る言葉です。
生まれてきてくれてありがとう、出会ってくれてありがとう。
周りにいる人へ感謝の気持ちを表すことの大切さをあらためて感じました。
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